看護師を「なんとなく辞めたい」と思う自分が、嫌だった。

ナースの本音

「なんとなく辞めたい」──理由もわからないのに、胸の奥はずっと重かった。
看護師として働きながら、仕事に行くのがつらくて、でも誰にも言えない。

「辞めたい理由は?」と聞かれても、うまく答えられない。

人間関係が最悪なわけでもない。
給料が極端に低いわけでもない。
今すぐ辞めなければいけない理由もない。

でも、
ふとした瞬間に思うんです。

「このままでいいのかな」と。

看護師を続けられないほどではない。
だけど、続けたいとも言い切れない。

そんな“なんとなくの違和感”を抱えたまま、私はしばらく働いていました。

大きな不満がないからこそ、辞める決断もできない。

そんな“はっきりしないけどつらい気持ち”を、言葉にできずに抱えていませんか?
私も同じでした。この記事では、あの頃の私が抱えていた迷いの正体を言葉にしていきます。

どんなに小さな理由でも、仕事に向かう足が重くなることはあります。

あの頃の「なんとなく辞めたい」という気持ちの正体を、
私の体験を通して整理してみます。

看護師を「なんとなく辞めたい」と思う自分が、嫌だった

看護学校に通い、実習や国家試験を突破して看護師になりました。

”看護師になる”強い思いがあって目指す人が多いかと思います。

でも、全員がそうとは限らないですよね。

私も「看護師になりたかったわけじゃない」看護師です。

将来仕事に困らないから。

給料水準が高いから。

ライフスタイルの変化に対応しやすいから。

親に勧められたから。

そんな理由で、なんとなく看護師になりました。

だから、看護師という仕事に対して、強い覚悟があったわけではありません。

「必要最低限できればいい。」

どこかでそう思っていたのです。

先輩から見たら”満点を目指さない新人看護師”と思われていたでしょう。

大きな失敗やミスはしないけど、細かいミスや些細な失敗で注意を受ける

その度に辞めたくなりました。

でも、理不尽に怒られているわけではないのです。

私の知識・経験が足りないからでした。

だからこそ、余計につらかった。

そんな小さなミスで生じる注意を受けるたび、徐々に朝起きることが辛くなってきたのです。

はっきりした理由があるわけでもない。

でも、出勤する足が重い。

どこかずっと気になる。

小さな棘が刺さっているような感覚でした。

気づけば、

続ける意味も分からないけど、辞める理由もない。

そんな宙ぶらりんな状態になっていました。

これが、私の「なんとなく辞めたい」の始まりでした。

「なんとなく」の正体を分解してみる

「なんとなく」と言ってしまうと、
自分でもよく分からない気持ちのまま終わってしまいます。

でも振り返ってみると、
その中にはいくつかの小さな感情が混ざっていました。

はっきりした一つの理由ではなく、
いくつもの“違和感”の積み重ねだったのです。

その疲れは“普通の疲れ”かもしれない

「なんとなく辞めたい」と感じるとき、
本当は“限界寸前の疲労”が隠れていることがあります。

看護師の仕事は、想像以上に多いものです。

ナースコール、処置、記録。

終わらない看護業務。

働きながらの勉強。

夜勤による生活リズムの乱れ。

複雑な人間関係。

患者さんの命を預かるというプレッシャー。

患者さんや患者さんの家族への対応。

新人の頃は、力の抜き方なんて分かりません。

「あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ。」

休みに日にも症例の勉強。

夢の中でも働いていたことがありました。

1人で全てを完璧にこなさなくてはいけない

その思い込みが、自分をどんどん追い込んでいきました。

始業前の前残業も、終業後の残業も。

「看護師なんだから患者さんのために頑張らないと」

そうやって自分を削り続けていたのです。

なんとなくなった看護師でも”看護師”という名前に縛られていたのです。

精神的にも、身体的にも疲れが溜まっていく中で、

ふと頭をよぎる言葉。

「疲れた、もう辞めたい」

でも、今振り返ると、

それは「辞めたい」ではなく、「休みたかった」だったのではないかと思います。

看護師の自分”を誇れなかった

仕事はしたくなかった。
でも、任せてもらえないのは悔しかった。

「看護師になりたかったわけじゃない」

「看護師はあくまで職業のひとつ」

そんな気持ちでなった”看護師”という仕事は

「なんとなく」で続けていくにはあまりにも重かった。

看護師に対して理想なんてなかったから、

「ああ、看護師ってこういうもんなんだ」

って納得していました。

けど、仕事に慣れてきた時、

ふと周りを見ると気づくんです。

夢を叶えた看護師って、怒られても、疲れても

キラキラしてることに。

折れていない。

俯いていなかった。

「なんでそんなに笑えるんだろう」

持っている資格は同じ。

出来る看護スキルも同じ。

経験年数も同じ。

なのに、胸の奥にあるものだけが、同じじゃなかった。

「私は”看護師です”」

言えなかった。

怖かった。

「私、看護師になりたくてなったわけじゃないんです」なんて。

だって、否定される気がして…。

「こんな気持ちの私は、看護師に向いてないんじゃないかな…」

「こんな気持ちで看護される患者さんが可哀想…」

仕事に手を抜いているわけじゃない。

でも、”看護師の私”を誇れなかった。

”本当の私”は「優しい看護師」や「キラキラした看護師」じゃない。

ただ、負けず嫌いだった。

同期に負けたくなかった。

”できる自分”でいたかった。

「なりたかったわけじゃないし」と言い訳してた。

「本気じゃないから」と自分を守った。

「本気でやったらちゃんとできる」

そう、自分を正当化させた。

でも、”ちゃんと出来ない自分”は苦しかった。

「看護師の私」が嫌だったわけじゃない。

本気を出して傷つくのが怖かった。

そんな自分を見せるのも嫌だった。

仕事が嫌なのではなく、”看護師の私”を誇りたかったんです。

誇れないことがつらかったんです。


完璧を目指せなかった私

本気を出して傷つくのが怖かった。

だから私は、80点で止めていた。

100点を目指せば、
「できない自分」がはっきりしてしまう気がした。

だから、そこまでいかない位置で止まる。

できなくても言い訳できる場所に、わざと立っていた。

先輩に言われたことは、そつなくこなす日々。

先輩の視線が怖かった。

「できません」と言うのも、
「やらせてください」と言うのも、
どちらも怖かった。

目立たず、叱られず、
でも“できる人”の枠には入っていたかった。

けど、仕事なんてしたくなかった。

正直、暇な方が楽だ。

同期に仕事を振られているのを見た時、

顔には出なかったけど、心がザワついた。

”私じゃないんだ。”

「仕事が増えなくてよかった」「定時で帰れる方がいい」

そう頭では思っているのに

「あなたにはこの仕事は出来ないでしょ」

そんな現実を突き付けられた気がした。

私が選んだ80点だったのに。

逃げ道を用意していたはずなのに、
ちゃんと傷ついた。

評価は欲しかった。

けど、100点を出す勇気はなかった。

それでも私は、

「先輩に任せてもらえる存在」になりたかった。

でも、任せられるほどの覚悟は持ちたくなかった。

認められたかった。

でも、本気で評価される場所には立ちたくなかった。

傷つかない位置から、
認められようとしていた。

それが、私の選んだ80点だった。

傷ついても誇りたかった

負けず嫌いで、完璧主義だ。

”なりたくなかった私”が完璧になれるわけがない

どこかで、ずっとそう思っていた。

「優しい看護師」になりたかった。

「キラキラな看護師」になりたかった。

努力できる同期を羨みながら、

傷ついても折れない同期にイラつきながら、

本当は、ああなりたかった。

誇りが欲しかった。

胸を張って

「私は看護師です」

そう言える何かが欲しかった。

あの頃の私は、

仕事が嫌だったんじゃない。

“看護師の自分”を好きになれなかったことが辛かった。

”それ”があれば頑張れるんだと思っていたんです。

あの頃の私は、弱かったのかもしれない

本気を出せなかった。
誇れなかった。
羨ましくて、悔しくて、
でも努力する覚悟も持てなかった。

あの頃の私は、たぶん弱かった。

でも、
ちゃんと苦しかった。

その気持ちともうまく向き合えなくて

認めてしまうのが怖かった。

自分を否定して、それでも傷つきたくなくて。

「こんな気持ちは私だけなのかも…」

そう思いながら、誰にも言えないまま時間だけが過ぎていった。

「うまく言えないけど、なんか辛い」

当時の私は、それしか言葉を持っていなかった。

理由も説明もできない。

でも、確かにしんどかった。

もし今、同じ場所に立っている人がいるなら、
それは“向いていない”からじゃないのかもしれない。

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