看護実習で何度も言われた「その人らしさ」ーー正直、知らんわと思っていた

ナースの本音

「その人らしさを大切に」と言われ続けた実習

——知らんわ。

それが、看護実習中に何度も心の中で思っていた本音だ。

「その人らしさを大切にしてください」

先生も、指導者さんも、口を揃えてそう言った。

でも、まだ出会って数日の学生に、
「らしさ」なんて分かるわけがない。

だって、まだその患者さんのこと、全然わかっていないのだ。

患者さんは人生の大先輩だ。

私には、まだ経験していない人生を送ってきている。

学生の私は、結婚したことも、子供ができたこともない。

人生の大きな決断を迫られたことも、ほとんどの学生がないのではないか。

なのに「その人らしさ」を考え、

それを看護計画に反映させなさいといわれる。

ーー知らんわ。

その一言に尽きる。

「らしさ」って何?分からないまま探し続けた

そもそも「らしさ」ってすごく抽象的だ。

「らしさ」ってそんなに必要なのか?

治療が最優先だろう?

なのに、そこに「らしさ」まで求める必要があるのか?

そんなことを考えていた。

でも、指導者さんも、学校の先生も、大人たちは口を揃えて言うのだ。

「その人らしさを大切にしてください」と。

何が分かれば「らしさ」に繋がるのだろうか。

正解も、求め方も、なにも分からなかった。

けど、「らしさ」をレポートに書かなければ、評価がもらえない。

「患者さんとのコミュニケーションの中から見つけなさい」

そう、言われたこともある。

コミュニケーションを取れば、

正解が分かるのかと思った。

「らしさ」を見つけるためのコミュニケーションとは、一体なんだ?

よく分からないのに、「らしさ」を見つけるため

コミュニケーションの時間を看護計画に入れた。

昔の話、

仕事の話、

家族についても聞いた。

一向に「らしさ」なんて分からなかった。

毎日お経を唱える住職さん

今、思い出す患者さんがいる。

毎日、決まった時間に

お経を唱えるのだ。

住職さんだった。

50年以上、住職として従事し、毎日お経を唱えているのだという。

「入院しててもそれはやめられない」と。

それは「その人らしさ」だったのだと思う。

ちなみに、同室の患者さんのために、少しだけ声量は抑えてもらった。

だが、当時の私は

ーーえ、病室でお経とか不吉すぎるのでは…?

と、そんなことを考えていた。

「らしさ」を探していた私は、目の前にある「らしさ」に気づけないでいた。

13年経って思う、「らしさ」に正解はない

「その人らしさ」とは、
目に見える行動のことなのか。

それとも、
その人が大切にしてきた時間や役割のことなのか。

当時の私は「らしさ」が分からず

ただ、淡々と情報収集に努めた。

ーーこの中に正解があるのか?

そう思いながら、レポートを書いた。

無理やり、意味を持たせようと書いたこともある。

そのレポートは、もう思い出せない。

13年以上も前の記憶だ。

患者さんとの会話をメモにとって、必死にまとめたレポートだったはずだ。

評価ももらえたはず。

レポート書くのが大変だったことは覚えている、

なんども、赤ペンで修正された。

心の中では何度も毒付いていた。

ーー本当にここにいる看護師全員が「その人らしさ」考えて働いてるのかよ。

って。

だって、あんなに激務なのだ。

患者さんと関わる時間は、看護学生の実習時間とは比べものにならないくらい、少ない。

正解も、そこまでの道のりも、分からなかった私は

心の中で反抗することで自分を守った。

ただ、そうやって実習を乗り越えたこともあった、

という曖昧な記憶は今でも残っている。

13年経った今だから思うことがある。

「らしさ」とは、正解がないものなのではないか、と。

私が思う「私らしさ」と、他者から見た「私らしさ」は、違うのだろう。

今の私に「私らしさは?」と問われた時、

なんと答えるだろう。

”今の私”の「私らしさ」と

”10年後の私”の「私らしさ」は、きっと違う。

きっと、聞かれるたびに少し悩む。

たぶん。

【看護実習の話はこちらでも投稿しています。合わせて見てもらえたら嬉しいです。】

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