今から15年前、
精神科病棟の実習での話だ。
ある患者さんから言われた一言が、今でも私の中にある。
精神科実習、開放病棟での3週間
看護学生2年
精神科実習
開放病棟での実習だった。
15年前の記憶だ、
あやふやな部分も多くある。
それでも、忘れられない言葉がある。
「お前に俺の辛さがわかるわけない」
俯いていた患者さんの目が、こちらを向いたとき。
「『辛いですよね』って言うだけだろ!お前に俺の辛さがわかるわけ無い!」
受け持ち患者さんからの言葉だ。
正直、なんの疾患だったかも、はっきり覚えているわけではない。
その前後の会話も、曖昧だ。
3週間の実習の、2週目あたり
患者さんが徐々に体調が悪くなっていき、
ついに保護室に入ることになった。
保護室に入る前、言われた言葉。
一瞬何を言われたか、分からなかった。
たぶん、人生で初めて面と向かって怒鳴られた。
しかも、しっかりとした怒気を含んだ声で。
何も持っていなかった私
保護室入るまでの患者さんの項垂れる様子、
顔色が悪く、
俯いて、何かを呟いていた。
なのに、周りの看護師は平然としている。
何事もない日常のような。
私だけが、よく分からないまま
立っていることしかできなかった。
”開放病棟で、状態も安定している人”
だったのだ。
実習生が担当につける状態の人。
そう、思っていた。
実習前には疾患について勉強して
関連図をまとめたり、声掛けについても学んだ。
…はずだった。
ーー何か、声をかけないと…
そんな思いがあった。
私は、なんと声を掛けたのか。
もう、覚えていない。
「辛いですよね」だったのか
「分かりますよ」だったのか。
ただ、何か声をかけた結果、言われたのだ。
「お前は言うだけ」「俺の気持ちは分からない」と。
あの時の私は、なんと返事をしたのだろうか。
「すみません」だったような、
何も言えなかったような。
何をしても不正解なような気がした。
私は、あの患者さんにかける言葉を持っていなかったのだ。
ただ、見ていたのだ。
看護師2人に付き添われて病室を出た、あの後ろ姿を。
保護室の扉が開く様子を。
ナースステーションでは、保護室の様子がカメラ越しに確認ができた。
モニターの中では患者さんがベッドに座っていた。
ーー私が、何か余計なことを言ってしまったのか?
そんな不安な気持ちがよぎった。
ナースステーションにいる間、ずっと気持ちが落ち着かず、心の中はザワついていた。
実習からの帰り道、
「分かるってなんだろう?」そんな疑問だらけだった。
「傾聴」と「共感」が大事だと学校で習った。
あの日、私は「傾聴」と「共感」をしたつもりだった。
今でも残っている声
13年間、看護師を続けていても
今でも正解は分からない。
私は患者さんとは違う人間だ。
感じ方が違う。
「分かります」なんて簡単に言えなくなった。
今の私が、同じ状況になったとき、私はなんと言うだろうか。
私は、言葉を持っているのだろうか。
曖昧な記憶の中、
あの言葉だけが今でも鮮明だ。
20歳前後の私に、大人から突きつけられた
”現実”であり”本音”だったのだ。
あの、剥き出しの本音を今でも時々、思い出す。


コメント